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森の仲間コミュニティは、森の365日のファンの皆さんが、会員だけが集える場所で、安心してコミュニケーションをとっていただけるように用意したサイトです。カメラや自然や宮崎学が好きな方はどうぞご参加ください。gakuの裏日記も読めます!

gakuの今日のヒトコマ

鳥インフルエンザ

長野県の諏訪湖。
湖畔を老婆がひとり、ぼちぼちと歩いてきた。
老婆の手には、小さなマーケットのポリ袋。
その中には、どうも、パンが一斤ほど入っているようすだ。
老婆は、やがて、水辺にたちどまった。
それをみて、数羽のハクチョウが「コゥー」っと鳴いた。
カモたちはすでに岸辺に先を争って集まってきている。
遠くから、ドバトも老婆に向かって数羽が飛来してきた。
老婆は、マーケットの袋に手をいれて、パンを鳥たちに投げてあげた。

「野鳥に安易に餌を与えないでください」
そう書いた看板を立てていた市役所だか県の職員が、その老婆をみつけてかけより注意をしていた。
オイラは、そっと聞き耳をたててみると。

『ハクチョウにパンを与えると下痢をしてしまいます。
病気になってしまうので餌を与えないでください。
お願いします… 』

そのように聞こえてきた。
老婆は、無言でまだ残っているパンをマーケット袋に入れて、ハクチョウたちを見たまま佇んでいた。

そんな公務員の会話を聞いてしまったオイラは、なんだか腹が立ってしまった。
全国的にハクチョウの餌づけ運動が起きてきた30年ほど前からは、
「おらが町にもハクチョウを呼びたい
ハクチョウがやってくるようになれば、観光資源にもなる…」
そんな理由で、全面的にモロテをあげてハクチョウに餌づけをして誘致してきたのはどこのだれだろう…?
それなのに、鳥インフルエンザが取り沙汰されるようになると手のひらを返したように、このような「看板」と「注意」なのである。

野鳥たちは、とても目がいい。
その目で、老婆をちゃんと認識していた。
だから、遠くから歩いてくるのを認めて、老婆の下へ集まってきたのだった。
ちゃんと、大勢の人のなかから老婆だけを見分けている能力のほうにオイラは感心してしまう。
老婆だって、野鳥たちに餌をあたえることが「癒し」になっているのならそれでいいではないか。

役所の職員たちは、看板を立て終えると、その場をすぐに立ち去っていった。
老婆は、まだ水辺に立ち止まったまま野鳥たちをみつめていた。
なので、「その餌ぜんぶ上げてしまいなさいよ」、とオイラが言ったら。
老婆は嬉しそうに、残りの餌をハクチョウたちに投げ与えて無言で立ち去った。

「鳥インフルエンザ」が私たちにクローズアップされるようになったのは、2004年に京都で起きたニワトリの大量死からであろう。
当時は、カモなどの水鳥がインフルエンザウイルスを運んできたとさかんに報道されたが、現地を見た限りでは水鳥よりもツグミやジョウビタキといった陸鳥の可能性が高いと思った。
しかし、これまでにもずっと野鳥たちは「鳥インフルエンザ」を保菌していたハズなのに、このような事件が起きるまで私たち人間はまったく無関心できた。
そして、2004年を境にしてこうまで極端に意識が変わってしまったことのほうが不思議でならない。

ニワトリだって私たちに都合のいいように、一箇所に何十万羽といった数を集めて大量飼育し、しかも体質的にも偏ったものばかりを囲っていけば、ひとたび強烈なウイルスに接すると全部が転んでしまうようなことになることは容易に想像がつく。
すべてが、無菌化状態になっていくと、コトがマイナス面に働いたときにはダメージも強烈であろう。

このことは、人間自身にも言えることであり、「抗菌グッズ」に囲まれ無菌状態になりつつある現代社会の人間の意識にも問題がある、と思う。
このように、無菌化と家畜化が現代人にも進めば、集団社会を築いている人間たちだからニワトリと同じようなことが起きないともかぎらない。
そうしたことはどこか外へ置いておいて、野鳥に餌づけを禁止するようなことだけを前面に押し出しての規制には疑問を感じる。
「餌づけ」には、意識して直接的にやる行為と無意識な間接的「餌づけ」もあることを忘れてはならないからだ。
田んぼや果樹栽培の農業現場だって間接的無意識に巨大な餌づけを行なっているし、林業だって漁業だってみんな「餌づけ」現場だからである。
自然界や社会のリテラシーを私たちはもう少し持ち認識するべきであろうと、ハクチョウ餌づけ現場で思ってしまった今日このごろである。

写真:
1)「団体さんいらっしゃーい」、とつい言いたくなるほどに横着になってしまったオナガガモたち。
2)餌づけと鳥インフルエンザにひっかけた看板。
3)別のハクチョウ飛来地での餌付け現場。
4)人の足の裏にも、ウイルスはついて運ばれるだろう。
5)タイヤにもウイルスはついて運ばれるだろう。
6)飛翔中でも糞をするから、ウイルスは上空からでも降ってくるだろう。

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ツキノワグマ事件簿

「くくりわな」とツキノワグマ

昨年の秋のことだった。
知り合いの農家へ出かけたら、こんな話しを聞かせてくれた。

「ウチの裏山で、シカの有害駆除用の「くくりわな」にクマがかかったらしい。あまりにも暴れて危険だったので、その場で射殺したそうだ。
くくりわなにかかって暴れていたのを放獣だなんていって放されても、手負いになってしまったクマだから、ここに暮らしている俺たち家族が不安の日々を送らなければならないのでいい判断だったと思う。
しかし、いつ誰がくくりわなを仕掛けたんだろう?
シカがあまりにも増えているから、これからも、こういうことが続くのだろうな?」

そういえば、これとまったく同じ話を昨夏にも3kmほど南にいった集落で、聞いた。
このときは、親子熊で母親が「くくりわな」にかかっていたそうだ。
母熊を射殺して、子熊は現場に放置して独り立ちを願った、とのことだった。

ニホンジカの激増で、今日ではどこもその対策に追われている。
農家も、自治体も、シカにはほとほと困り果てているのだ。
そこで、有害駆除をするにもハンターの銃器では限界もあり、「くくりわな」の使用が緩和されてきた。
このため、膨大な数のくくりわなが山野に仕掛けられるようになってきている。
その結果、シカ捕獲には一定の効果が出てきているのかもしれないが、この罠にツキノワグマがかかってしまうことも多いのだ。

「くくりわな」は、けもの道に仕掛けるのだから、目的はシカでもあらゆる動物たちが錯誤捕獲をされる可能性はある。
草食獣も肉食獣も、そして、強い動物も弱い動物も等しく同じけもの道を利用するから、ツキノワグマも例外ではない。
このことは、40年も前から「けもの道」という写真集を出して日本の野生動物たちの行動を追ってきているオイラだから、とっくに知っていた。
無人撮影ロボットカメラは、海に仕掛けてある定置網とまさに一緒なのでそこにやってきた魚たちはみんな網にかかってしまうのと同じだからである。

その事実を示すように、ツキノワグマが「くくりわな」にかかってしまうことが長野県下では激増しはじめている。
その新聞紙面がここにあるが、この数字は一部オモテにあがってきたものだけである。
現場判断で内密に殺処分されてしまうツキノワグマの数は、ここには絶対に表れてはこないからだ。
現実に冒頭で聞いたハナシも、オモテには出てこない「うわさ」をオイラもたまたま聞いてしまったまでである。
このような「くくりわな」でのツキノワグマの錯誤捕獲が続き、今後もますます「罠」の使用が緩和されていくと、野生動物の習性を知らないままシロウトがくくりわなを安易に使う機会が増えるので、クマによる人身事故も含めていろんな危険性もでてくることは間違いない。
そして、現場での判断でツキノワグマが内密で殺されていくのだから、今後のツキノワグマ生息数把握に支障をきたすことも容易に見えてくる。

そのためにも、ツキノワグマはいったい何頭いるのか、そして、何頭以下になれば「絶滅」するのか。
そうした基本的な調査をしようとする発想力も技術開発もないまま、安易に「くくりわな」使用が激増してくれば、今後ツキノワグマの正確な生息数がまったくみえてこなくなってしまう。
オイラは、いまからそのことを危惧している。

写真:

1)ツキノワグマが歩いてきたこの「けもの道」は、カモシカもイノシシもキツネもタヌキも利用していた。
この現場にくくりわなを仕掛ければ、そのすべてが捕獲できてしまう。

2)「罠」を仕掛けてあることがこのように明示されていればいいが、まったくの無表示なもののほうが多い。そのような罠にツキノワグマが捕らえられていて山菜取りやハイカーが知らないまま不用意に近づけば、大変な事故になるだろう。

3)こんな足なので、ツキノワグマは「くくりわな」にかかりやすい。

4)だれでもが設置できる規制緩和のサインがこの記事からでも読みとれる。

5)ツキノワグマの錯誤捕獲の数字が表記されているが、このような数字の何倍以上もの数が闇に潜んでいることを想像するべきだろう。

6)「くくりわな」は、人間の靴と比較してみても直径が大きいのでツキノワグマなんてカンタンに捕獲できてしまう。タヌキのような小さな動物なら、2本同時に足をとられることもあるだろう。

7)長野県下のツキノワグマ推定生息数が発表された。10年前と比べているが、10年前の調査方法が完璧だったのか、はなはだ疑問も残る。今回のこの数字もツキノワグマが少ないことを前提としているが、この数字は今後の追跡材料になるので、将来の調査方法の精度そのものが見ものである。と、同時に調査方法の発想次第で個体数なんていくらでも転ぶことを物語っている。
しかも、オイラはこれまでずっとツキノワグマは増えていると言ってきたのに、10年前から「8割」増ということは「激増」ではないか。それなのに長野県関係者はオイラの意見に対して、荒唐無稽として無視しつづけてきたところも面白い。また、当ブログに対して「クマは絶滅する」と信じているヒトたちの反対意見カキコミなどを読み返してみても、面白すぎる。

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森の動物日記

白いタヌキに再会

数日前の夜7時半ころでした。
中央アルプス山麓に設置してある無人撮影ロボットカメラの点検をしようと、林道に車を乗り入れたときでした。
ヘッドライトのなかに白いタヌキが現れて、林道を下ってくるところに出会いました。
タヌキは、ボクの車に驚き一瞬できびすを返して、お尻を向けて全速力で歩いてきた道を逃げていきました。
ボクは、車のアクセルを踏み、そのタヌキを少しでも観察しようとしましたが、タヌキは50mほど走ったところで道をそれて藪のなかに消えていきました。


全力で走るタヌキの後ろ姿は、お尻を左右に小刻みに振ってぽんぽんぽんと弾むようにいきますから動きは独特です。
そのタヌキは、たったの一頭だけで林道を歩いていましたが、実に30年ぶりの白いタヌキとの出会いにボクは嬉しくなりました。


それというのも、いまから30年前、中央アルプス山麓の同じ場所に白いタヌキがたくさんいた時期がありました。
どうも4平方キロほどの範囲に、20頭以上はいたのではないかと思われました。
ときには、真っ白いタヌキだけが3頭も並んで歩く姿にも出会いました。
当時白いタヌキはいたるところで目撃でき、それはこれまでになかった現象でした。



白いタヌキは、突然変異で生まれてくるアルピノです。
色素をなくして誕生してきた白化現象の特異なタヌキだったのでした。
両親が必ずしも白くなくても、普通のタヌキのなかに白化する遺伝子があると、数代のうちには誕生してくることがあるのです。
その白いタヌキが一箇所に20頭以上も高密度で生息しているということは、この地域に白化する遺伝子が多く潜在していたことを物語っていました。
白いタヌキですから、とうぜん多くの人たちにも目撃されることになり、するとウワサとなって、珍しさも加わり、かなり捕獲されて、剥製になったりしてしまいました。
そしてその後、3年ほどで白いタヌキはこの地域からすべて消えてしまったのです。


(Photo:30年前に撮影した白いタヌキ。この写真以外は10年前の南信地方での写真です)

そのような歴史を見ていたボクは、遺伝子さえ他のタヌキたちに受け継がれていればそのうちに必ず復活してくるだろうと思いました。
そのときがくるのは20年後か30年後か…、それとももっと時間がかかってからなのかと、ひそかに期待して待っていたのです。
その期待を裏付けるような出会いが、先日こうしてあったのです。


このように、偶然にしても白いタヌキと出会えたということは、すでに確実に白いタヌキが存在しているということです。
ということは、この一頭だけとは限らないのかもしれません。
丁寧に調査をしていけば、まだまだ白いタヌキは見つかってくると思います。
そして、2~3年もすれば、もっともっと爆発的に白いタヌキが現れてくるのではないでしょうか。
その前ぶれとなる出会いをこうしてボクがしたのですから、30年前の再来が必ずあると信じています。


もっとも、10年ほど前の話ですが、直線で50kmほど離れた南信地方の地域でも白いタヌキの情報があり、ボクは写真を撮ったことがありました。
それが、数年間で少しずつ北上してきていることは分かっていたのですが、ここへ来てのこのたびの出現ですから、白いタヌキの遺伝子は30年くらいかけて少しずつ移動していっているのではないかと思います。
なので、これから5年間くらいの間に、中央アルプス山麓では白いタヌキがたくさん出現する可能性があります。
今から、そのときをワクワクして待っているのです。


(Photo:10年ほど前。南信地方のとある山麓公園。タヌキはこのような場所で昼間から遊んでいました)


(Photo:左端が母親で、6頭兄弟がうまれてそのうちの2頭が白いタヌキでした)


(Photo:白いからといって弱いわけではなく、とても元気に走り回っていました)


(Photo:母親は、白タヌキが可愛らしいのかさかんに舐めて愛情を示していました)


(Photo:このような普通のタヌキにも、白い遺伝子がどこかに入っているのかもしれません)


(Photo:白い兄弟タヌキも、とても仲がよかったです)

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