
突き詰めて考えれば、人間は「死」を食べているとも言えます。動物の「死」を観察することによって、人類の飽食や命の大切さを考えます。
破壊が進む中、動物カメラマンと一緒に動物の目を通して、もう一度地球環境を見つめ直すシリーズ。2巻は、動物の「死」を観察することで、人類の飽食や命の大切さを考える。
死なない生き物は、いない。小さなウジにも、キツネやタヌキも、それに人間だって、うまれたいのちの数だけ、死はかならずある。 死ぬと、その死はだれかに食べられる。死を食べて、ほかの生き物がいのちをつなぐ。
人だって、おんなじだ。ぼくらが毎日食べている魚も、肉も、つきつめて考えれば、動物の死がいなのだから。スーパーマーケットでは、きれいにカットされ、パックされているから、気が付かないことが多い。けれど、ぼくらも、死を食べているんだ。 死は食べられることで、ほかの生きものの、いのちにかかわっているんだ。 (本文より抜粋)
![]() 死に出会う場所キタキツネが交通事故で死んでいた・・・
|
![]() 死の「時間」を撮影する死体についたダニたち・・・
|
![]() 夏に見つけたたくさんの死アマガエルのすがたは、24時間ですっかりみえなくなってしまった・・・
|
![]() 水辺で出会う死砂浜に打ち上げられた魚の死がいに、オカヤドカリが集まってきた
|
![]() 冬の死ゴイサギの死がいに飛んできたヤマガラ。こおった肉や脂身をついばんでいる
|
![]() 「うまそう!」な死がいたち漁港にあつまるカモメたち
|
![]() 死が、いのちをつないでいるぼくらが毎日食べている魚も、肉も、動物の死がいなのだ。 |