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2009-06-29 Mon [ 旅・取材・人 ]
摘花摘果の最適人生
by gaku

ボクの出身地の中川村に、「信州くだもの村 富永農園」というリンゴ農家がある。
リンゴだけでなく、モモやブドウ、カキ、ブルーベリー、ラズベリー、サクランボ、米と、果樹を中心に幅広く農業を営んでいる。
とにかく、日本一おいしい果物をつくるプロである。
園主は、小学校1年生からの幼馴染。
もう50年も付き合っている親友なので、その農園のホームページづくりを手伝うことになった。
なので、農園家族の全員集合写真が必要になってきた。
ところが、いまの時期は、リンゴの花を摘み、そのあとに実った小さな子どもリンゴを一つだけに残す摘果作業に明け暮れているから、みんな忙しくてなかなか全員集合が難しく、半年も過ぎてしまっていた。

「おーーい、そろそろ全員が集まる機会がとれないかぃー?」っと電話をかけたら、
「今日は午後から慰労会の焼肉パーティーをするから来て欲しい」という返事だった。
さっそく肉の差し入れをもって、ボクも参加してきた。

この農園は、農事法人なので、若者もたくさん集まっていた。
海外からの研修生も、これまで何人も受け入れてもいる。
こうして、昨日やっと念願の全員集合写真が撮れたのであるが、みんなの笑顔がほんとうに生き生きしていることが嬉しかった。
土と話しをして毎日暮らしていると、こんなにもいい顔になれるのかと、感心してしまう。

土とかかわっている農家の人たちの笑顔は、どうも特別にいいような気がする。
これは、写真家としての直感力だが、自然を相手に生活をするには土や水や植物や空気や風や太陽などと、たくさんの会話が必要だから、みんないい顔になっていくのだろう。

人間も地球のほんの片隅に住まわせてもらっている「野生動物」の一種なので、これからの食料自給などを考えていくうえでも、若者がこうして農業に希望をもって入ってきていることも嬉しい。
まさに、エコロジーをきちんとわかっていないと、農業にも希望をもてないからだ。
84歳になるばあちゃんを中心に、子ども、孫、ひ孫と家族が営々と続くのも、自然を相手に生きていける喜びがあるからなのだろう。
昨日は、そんな大家族の希望にあふれた笑顔にであえて、ボクも楽しい一日をすごさせてもらった。

信州くだもの村「富永農園」http://nagano-kudamono.com/
写真上から:
1)全員集合みんなの笑顔がステキ。
2)花は5つ咲いたのを一つに摘花したり、ミツバチが受粉してくれて結実するといちばんいい実だけを残す摘果作業は全部人手によらなければできない。
3)とにかく若者がいるから肉の消費量はハンパではなかった。
4)余興ではじまったリンゴ打ちのボールは、なんと摘果したピンポン玉くらいの青リンゴ。
5)84歳のばあちゃんが、孫たちに囲まれての4番バッター。
6)インドネシアからの研修生は、ひ孫ととっても仲良しだった。
2009-06-26 Fri [ 旅・取材・人 ]
獣害を考える 4 進化するイノシシ
by gaku

長野県南部にも、イノシシは昔から生息していた。
しかし、数は非常に少なかった。
少なくも、50年前にはイノシシによる農作物被害はまったくなかった。
1978年に、ボクは「けもの道」を発表した。
そのころにもイノシシは少しずつ増加傾向にあったが、被害に苦しむようなことはなかった。
もちろん、当時の無人撮影カメラには、イノシシの姿はなかった。
そして、当時のイノシシは非常に警戒心が強くて、カメラの前にもなかなか来てくれなかったものである。

1984年に、「けもの道の四季」を発表したときも、まだイノシシの撮影はできなかった。
増加傾向にあるといっても、絶対的に数も少なかったし、警戒心も強かったからだ。
そして、やっと撮影できるようになったのが、1990年代に入ってからである。
それでも、一回シャッターを切れば、イノシシはすぐにカメラを警戒学習してしまって、二度と近づくことはなかった。
こうした性質を持っていたので、捕獲檻に入るようなイノシシは皆無だった。
なので、イノシシの捕獲は犬を使って追い出し、撃ち取るというグループ猟か「くくり罠」が主流だったのである。

それが、1990年代中ごろあたりから、イノシシが捕獲檻にぼつぼつ入るようになった。
そして、現在では、捕獲檻でのイノシシ捕獲がもっとも効率的に行われるようになっている。
それと比例するように、ボクの無人撮影カメラにもイノシシがどんどん撮影されるようになってきた。
それでも、2000年当初のイノシシは、だいぶカメラを警戒していた。
今日でもある程度の警戒はあるが、ここ数年の大胆さは目を見張るほどだ。
このくらい、とにかくイノシシは大胆に性質も変化してきている。
音にも、臭いにも、かなりフレキシブルに対応するようになったからだ。
50年間を振り返ってみても、確実にイノシシの習性が変化していることを実感できる。

こうした変化をうけて、今日では農作物などへの食害もきわめて大胆になり、被害も甚大となっている。
このため、捕獲檻も数多く仕掛けられるようになり、結果は捕獲率もあがっているのかイノシシ肉の相伴にもあずかる機会が多くなった。

と同時に、イノシシにも「疥癬症」が急速に流行しはじめていることも、時代の変化である。
疥癬症は、ここ3年ほどといえばいいだろうか。
とにかく、「捕獲しても毛が抜けていて皮膚もブヨブヨなので、売り物にならないから山に捨ててきた」という猟師の声が聞こえるようになった。
このためだろうか、ここ3年ほどのイノシシの動きをみると、傍若無人ぶりが若干弱まってきているような気がしてならない。
こうした変化は、まだしばらく見届けていかないと答えは出ないが、捕獲率があがったことと、疥癬症での自然死亡も加わって、生息数が若干安定してきてイノシシもおとなしくなってきているのではないかと思われる。

まあ、何はともあれ、イノシシの半世紀の動きをみれば確実に数が増えてきているので、山菜と同じような定義でイノシシ肉をもっと消費したほうがいいだろう。
そのための模索もはじまっているのだから、こうした盛衰も10年単位で見届けながら臨機応変に対応していくことが、野生動物の保護管理ではないかと思う。
写真上から:
1)疥癬症にかかったイノシシの若い個体。
2)中央アルプスの標高1800m付近にまで分布するイノシシ。
3)イノシシ捕獲檻。
4)岐阜県のミカン畑にイノシシ避けのフェンスが張られていた。
5)捕獲された若いイノシシ。
6)缶詰や燻製にされて販路拡大中のイノシシ肉。
2009-06-23 Tue [ 旅・取材・人 ]
減酒命令
by gaku

昨日は、3ヶ月に一度の定期健診。
とにかく、自分の健康管理のためにも、3ヶ月に一度は血液検査を続けている。
医学のことは、よく分からないが、血液検査だけでもマメにしていれば異常がわかるらしい。
そういうことで、昨日は肝臓のエコーもやり、血液も抜いての検査だった。
主治医は、「がんばらない」の鎌田医師。
もう、10数年前から、ずっと診てもらっている。
これまでは、とにかく何も異常がなかった。
しかし、今回は中性脂肪が若干高いということ、だった。
「酒をへらす」こと、と検査表に書かれてしまった。
減らせといわれても、美味しいものはそうカンタンには減らせない。
昨夜も、今夜も、まったく同じように酒量の制限はしなかった。
診察室では、必要最小限度の医療の話だけで、あとは世間話。
いや、お互いの近況報告なのだった。
こういう親しい医者はまだ何人かいるので、大船に乗ったつもりで仕事ができる。
だからといって、むちゃ飲みをするつもりはないので、少しずつ酒の量を減らしていくことにしよう。
そして、今夜はビール1缶とチュウハイ2杯。
そんなに多くないとは、思うのだけれど、なぁー。
2009-06-19 Fri [ 旅・取材・人 ]
野良犬のいる風景
by gaku

「鷲羽山」という力士が、いた。
小兵力士ながら、ずいぶんと頑張っていた記憶がある。
その鷲羽山が、倉敷市の児島にあった。
どうも、ここの出身だから、地名の「鷲羽山」というシコ名になったのだろう。
ボクは、相撲にはそれほど興味がないので内容そのものに夢中になることはないが、鷲の羽の山という語源にはなぜか惹かれるものがあった。
だから、この地名があったので、高速道路を降りて、ふっと立ち寄ってみた。
そこで感動したのが、ここの漁港周辺には野良犬がたくさんいたことだった。
最近、野良犬を見る機会が全国的にめっきり減ったが、ここの野良犬は50年前にタイムスリップをしたみたいにのんびりしていたことが感動の理由だった。
たぶん、野良犬を地域住民の誰もがいじめてないから、このようにのんびりできているのであろう。
まさに、人間社会との共存関係にある昔ながらの普通の風景があったのだ。
これは、不思議な光景である。
現代のこの時代のなかで、まだ、このような風景があったのかと安堵感さえ覚えた。
昔の日本には、みんなこのような風景があったからだ。
昔は、柴犬などの「日本犬」が野良犬の基礎になっていたが、ここの犬はかなりの雑種犬だった。
しかし、こういう風景のある周辺でのキツネやタヌキ、イノシシなどの野生動物の動きを知りたいと思った。
また、人間との関係性を心理的に見てみたいとも思った。
なので、この地には、野良犬だけをテーマにまたやってきたいと思う。

写真上:住宅地にものんびりしている野良犬。
写真下:駐車中の車の日陰で昼寝の野良犬。









