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2008-05-14 Wed [ 旅・取材・人 ]
『クマのすむ山』
by gaku

偕成社から、「森の写真動物記」シリーズが刊行中である。
その第5巻目として、「クマのすむ山」が出来た。
今月になって発売されたばかりだが、けっこう「衝撃的」だといった意見が聞かれる。
地元の新聞社の支局長なんかは、『いつのまにこんな写真を撮ってたんだよぅー』
っといって、取材に飛んできたほどだ。
まあ、表紙写真には、みんな驚くらしい。
撮影者のボクも、まさか野生のツキノワグマがこれほどまで「演技」をしてくれるとは思ってもみなかったこと、だからだ。
一応の「絵コンテ」は描いていたが、まさにしてやったりだった。
それにしても写真を改めて見ると、大きなツキノワグマだ。
肩幅といい、背丈といい、とにかくどでかいツキノワグマである。
こんなクマと異常接近をしたくはないが、人知れず、夜間になると近所を歩いているかと思うと、夜の森はほんとうに注意しなければならない。
こういう、見えない世界を見てしまえるのも、無人ロボットカメラのなせるワザであろう。
「クマのすむ山」は表紙だけではない、内容もこれまでのツキノワグマ観を一新させてくれるだろう。
一応、子供向けに編んではあるが、甘い自然観とツキノワグマ観だけでツキノワグマを語っている頭の固い大人たちは、やがてこの本を読んだ「子供」たちに笑われるかもしれない。
そのためにも、こういう本は多くの人たちに読んでもらって、これまでの自然観を一度リセットして欲しいと思う。
ところで、この「クマのすむ山」をはじめ、理論社からの「かわりゆく環境・日本生き物レポート」全4冊などの裏話をする講演会が大阪の「カタログハウス」で行われる。
出版物では見られないようなスライドも100枚ほど用意して出かけるので、興味のある方はぜひカタログハウスまで、どうぞ。
●カタログハウスの学校 環境セミナー「動物の目からみた環境問題」大阪
2008年5月17日(土)
午後1時30分〜3時
講師:宮崎学(写真家)
●定員:80人
●参加費:1000円
●場所:〒556-0011大阪市浪速区難波中2-10-70 なんばパークスタワー3階
http://www.cataloghouse.co.jp/study/index.html
2008-05-13 Tue [ 旅・取材・人 ]
うざいメマトイ
by gaku

仕事が混んでくると、ボクはフィールドへ逃げ出すことがよくある。
外でもできる仕事があると、パソコンもって、弁当もって、近所にある山麓公園の「あずま屋」へ行くのである。
このあずま屋で一日中、原稿を書いたりして過ごす、のだ。
いまのこの季節は、夏の野鳥たちが渡り着いたころなので、いろんな囀りが聞こえてくるから楽しい。
長年地元にいて慣れた環境なので、どんな野鳥が鳴いても分からないという声はない。そんな声を聞くたびに、彼らの習性などを加味しながら、いま鳴いているのはどのような意味があるのか、などと想像できるのがいいのである。
今日は、
オオルリ、ジュウイチ、ツツドリ、センダイムシクイ、アオゲラ、アカゲラ、カケス、ノスリ、クロツグミ、ヤマガラ、シジュウカラ…
などの声が聞かれた。
こうして仕事をしながら、野鳥の声のライブを耳にすれば、仕事もはかどり次の本の原稿が本日仕上がった。
これはこれで嬉しいことなのだが、この時期は「メマトイ」というハエの仲間が大量に発生しているからうざったい。
とにかく、ちょっとでも油断をしていれば、目に飛び込んでくるからだ。
目に入れば伝染性の病気を媒介することもあるらしいので、とにかく顔の前にくれば叩き殺すことにしている。
これが、うまくいけばいいのだが、空振りのことも多い。
空振りをするたびに、平手の同士討ちとなるから痛いし、これまたイライラしてくるので、ほんとうにやっかいな虫たちである。
そして、その都度、仕事の手も休まる…し。
このメマトイには、何種類かがいるらしい。
中央アルプス山麓のハエはごらんのようなモノだが、場所によっては、お尻が丸くて輝いているメマトイもいるがここでは見られない。

まあ、こうやって仕事をしている間にも、殺したメマトイをそのまま捨てていくのもしゃくなので、何匹殺せたか調べるために集めてみた。
しっかり数えられなかったが、今日一日で60匹ほどを叩き潰した、らしい。
そのくらい数えたところで、風が吹いてきて、メマトイの死骸が全部吹き飛ばされてしまった。
ついでに、手などにとまってボーっとしているメマトイを、すかさず写真にも撮った。
リコーGX100を手元においてあるから、チャンスさえあればいつでも撮影ができるのだ。
GX100はコンパクトカメラなのに、小さなメマトイがこんなにも接写できてしまうのには嬉しくなってしまう。
撮影したあとにPCへ取り込んで拡大してみれば、なんとメマトイの後肢にはヨロイのようなものが付いているのが分かった。
やっかいだけれど、不思議なハエであることだけは勉強になった。
仕事をしているのか、ハエと遊んでいるのかわからないが、野外での仕事はこういう発見があるからけっこう楽しいものである。
高原なので、今日は冬の支度でちょうどよかった。

写真上:けっこういかつく威張っていた。
写真中:メマトイの死骸群。
写真下:仕事場のあずま屋。
(リコーGX100)
2008-05-11 Sun [ 旅・取材・人 ]
母の日
by gaku

今日は、母の日、だった。
ボクにも、90歳になる母がいる。
まったくボケてもいなければ、腰も曲がってもおらず、いたって元気なのがうれしい。
そうはいっても、もう90歳なので、親孝行だけはしておきたいものだ。
入れ歯の母を気づかって、手づくりプリンの詰め合わせを買って、カーネーションをもって実家へ行ってきた。
来年には還暦になろうとするオイラなのに、母にはいつまでたっても息子はムスコ、なのである。
お茶を何杯も入れなおし、次々に菓子の封を切り、オレンジを食べやすく切っては、息子に差し出す。
腹いっぱいなので、「もういいよ」といえば、『遠慮するな…』といっては、また差し出す。
息子には、何でも食べさせたいと思っている、母心…。
夕食を外に食べに行こうと誘ったが、自宅に食べるものがあるからもったいない、といって頑なに断ってくる。
ほんとうに苦労してオイラを育ててくれた母だから、美味しいものでも食べさせてあげようと思うけれども、昔ながらの粗食がいちばんいい、という。
こうなれば、もう外へ誘い出すより、少しでも多く実家へ顔を出し、話し相手になってあげることだろう。
そう思った、「母の日」だった。
(GX100)
2008-05-07 Wed [ 旅・取材・人 ]
密かなるハクビシンの動き
by gaku

3日目は、静岡県境の「ヒョー越し峠」をめざした。
途中の小さな集落の道路際に、ツバキの木があった。
真紅の花をいくつもつけ、道路にも花びらが多数散乱していた。
こんなツバキを見ると、ボクはすぐに「ハクビシン」を思い出す。この時期のツバキの木には、ハクビシンが絶対に毎晩やってきていることを確信しているからだ。
だから、人家付近であろうと、無人集落であろうと、ツバキがあるとハクビシンの行動が目にみえてしまうのである。

ツバキの幹の直径は30cm余もあった。
成長の遅いツバキだから、ひょっとすれば100年くらいかかっているのかもしれない。
幹の樹肌を丁寧に観察すれば、案の定ハクビシンの爪痕が随所に見つかった。
やっぱり、毎夜この木にやってきて、ハクビシンはツバキの花の花粉を嘗めていたのだ。
花が、1000個あれば、その1000個に鼻面をタッチしていくからである。
それも、一晩に2回、3回という周遊コースでタッチしていくから、2000回、3000回もの受粉がハクビシンの鼻で繰り返されることになるのだ。

ハクビシンのこうした行動を目撃すると、彼らはいったい何を栄養源にして生きているのかと思ってしまう。
ツバキの黄色いあのオシベだけを鼻面でタッチして、嘗めている。
それが、はたして栄養になっているのだろうか、と思ってしまう。
まあ、飯田市に合併となった「旧南信濃村」の過疎集落には歴史を物語る大きなツバキの木があることは確かだ。
そのツバキが、人知れず外来動物のハクビシンの生活を支えていると思うと、これもなんだか歴史の因果を感じた。
ハクビシンはそんなことは微塵も思っていないだろうが、かってに生えているツバキだから美味しければそれでいい、のである。

このようなハクビシンの行動を、この村の人たちは誰一人として知らないだろう。
それが野生というものであるが、峠に向かう道路を走っていてもボクはそれを見逃さなかった。
自然界には、どんな状況にあっても、確実になんらかのかたちでサインを送ってきているからである。そのサインを見逃さないようにするのが、エコロジーセンスであろう。
そのツバキの木の近くで、ハクビシンの交通事故死体を発見した。
過疎地でのんびりしている集落でも、近年の車社会をこのハクビシンは計算できていなかった、ようだ。
写真上から、
「道路で血だらけになって死んでいたハクビシン」
「道路際にあったツバキ」
「道路にまで、花びらが散乱」
「幹には、しっかりとハクビシンの爪痕」
(リコー GX100)
2008-05-06 Tue [ 旅・取材・人 ]
自然界を探るのはセンスの問題
by gaku

2日目は、南アルプスの南部にある聖岳の懐まで行ってきた。
しらびそ峠に展示してある「森林鉄道」で活躍した機関車を見て、その沿革を読んでから、これは行かねばならぬと思ったからだ。
森林鉄道は1940年から工事をはじめ、1972年に廃止されるまで、活躍したそうだ。
その前に、国有林の無尽蔵といわれる森林資源開発がここで行われたことに興味もあったし、その結果を見ておく必要もあったからだ。
そのうえで、現在までを考察しながら、自分の目で確認もしてみたかった。
西沢渡といって、遠山川の奥地にあたる聖岳の懐までが森林鉄道の最終地点なので、そこまでは自分の足で歩いてみようと思った。


聖岳と光岳への登山基地となる「聖光小屋」までは、林道を車で行くことができる。
あとは、森林鉄道のあった路線跡を登山道がわりに進むことになる。
地図では、2,5kmの行程だったが、かなり荒れてもいた。
腰には、ツキノワグマに襲われたときに使用する「熊避けスプレー」と「剣ナタ」。あとは、非常食に双眼鏡、カメラだけの装備。
聖光小屋の主人に挨拶をしてから出かけたが、ルートそのものはきついものではなかった。
道中には、テンの糞やらキツネの尿臭、熊棚なども随所に発見しながらの山歩きだったので、疲労もなく快適だった。
熊棚は、ミズキの実を食べるために昨秋ツキノワグマが登ったものが各所で確認できた。
ミズキをツキノワグマが食べるとは思っていたが、南アルプスでその現場を初めて見て感動した。
なかなかに、ツキノワグマも個体数が多そう、である。

35年も前に開発を終えた国有林なので、樹木そのものはまだまだ若く、これからという状態だった。
なので、魅力的な森は何一つなかったが、これも歩いてみなければわからないことである。
まあ、この開発のあとに、ニホンジカをべらぼうに増加させて、いまでは3000mの稜線まで分布をひろげさせてしまっているが、これも、国有林開発の結果であることはまちがいない。
夕方になって、聖光小屋に戻り、主人と少し話をした。
道中の感想をのべながら、
『熊の出没がけっこうありますね、熊棚がずいぶんとありましたよ。』っと、ボクが言ったら主人はびっくりしていた。
『っえ! 熊棚がありましたか?私は、まだ見たことないですよ。』
ボクは、この言葉のほうが不思議だった。
山に従事している人が、熊棚を見てないことのほうが、驚きだったからである
動物に感心がなくても、熊棚くらいは目にとまりそうなものだが、どうもそれもできてなかったようだ。
まあ、自然の見方なんてそんなものかも知れない。
感心を持っていても、見えない人にはなにも「見えない」ことだってある、からだ。
こんな会話があって、ボク自身がいつも思っていることは、自分自身の目を確かな視線として信じることだった。
そして、センスの問題なんだと。
とにかく、「自分の目で確かめよ」が、ボクの信条だからである。

写真上から:春霞にけぶる雪山が聖岳。
森林鉄道を走っていた機関車。
遠山川開発の沿革看板。
森林鉄道跡のトンネル。
眼下に流れる遠山川。
(Nikon D300 シグマ17-70mm)








