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    宮崎 学 【野生は笑う】 (密殺されるオオタカ…)vol.31
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◆よりぬきgaku日記
『密殺されるオオタカ…?』 (07月18日)
オオタカは絶滅が危惧されている野鳥ということで、
ときには自然保護運動のシンボル的存在になることがある。
このため、オオタカの巣があるという理由だけで道路工事や各種の開発が
ストップすることも少なからずこれまでにもあった。
オオタカは、本来は里山に生息する猛禽類だから、
これまでにも長い歴史のなかで人間との共存をはかってきて今日がある野鳥なのだ。
そのために、人間の動き、社会の動き、環境の変化を彼らなりに観察して、
柔軟に対応しながら生きてきたのである。
 
そのオオタカが、じゃんじゃん密殺されているらしい…、という情報が入ってきた。
これが事実と知れば、自然保護派は卒倒しかねない…ことだろう。
この情報はあくまでも風聞として届いてきたものだから、事実ではないのかもしれない。
あるいは、事実かもしれないが、それは各自の判断で考えてもらえばいいこと、である。
 
中部地方のある地方都市で、鳩レースをやっている「鳩舎」がある。
数百羽のレース鳩を飼育して、競技会参加をしているのだ。
このため、鳩の訓練を毎日行わなければならない。
舎外訓練として、レースに参加させる鳩に
飛翔力や鳩舎の位置を覚えてもらうための飛翔運動だ。
鳩たちは、野外に放たれて集団をつくり、鳩舎の周囲を嬉々として飛び回る。
レース鳩は、サラブレッドと同じように血統の世界でもある。
毎年行われる全国レベルの鳩レースに常勝するような血統は、
1羽数十万円の価値もある。
そのような鳩たちが、それこそ数十羽から数百羽の集団でいることになれば
半端な金額ではない。
そんな鳩たちが飛翔する姿を毎日目撃することは、
鳩にかぎりない愛情を注いでいる鳩飼いにとっては惚れぼれする陶酔の一瞬でもある。
 
その鳩を、オオタカも山中から「美味しそう」と見ている。
1羽何十万円もする鳩でも、オオタカにとってはただのご馳走にしか映らない。
本能が示すままにいたたまれず、群れに突っ込んでいって鳩をさらっていくのである。
ときには、オオタカそのものが鳩小屋に飛び込んでしまう例もある。
このような事態になれば、鳩そのものが怖じ気づいてしまって帰巣力も奪われるから、
レースそのものができなくなってしまう。
加えて、優秀な鳩がオオタカに殺されるという実害も生じていく。
 
愛鳩家の憤怒の視線はオオタカに注がれ、対抗措置にでた。
鳩を守るために、オオタカそのものの捕獲に知恵を使いはじめたからだ。
そして、オオタカが獲物に向かう習性を研究しつくして、
捕獲罠を完成させたのだった。
お金もあまりかけずに確実にオオタカを捕獲できる技術をあみだし、
密殺に乗り出したのである。
 
こうしてオオタカを捕獲しはじめたのだが、
捕獲しても捕獲しても、次々にオオタカが出現してきたのだった。
まさに、オオタカの予備軍がいるらしく、
捕獲しても次のオオタカがすぐに補充されてくるのだそうだ。
そして、毎年30〜40羽のオオタカを密殺しつづけているという。
多い年には、60羽にもなったというから、ビックリだ。
 
このことが事実とすれば、明らかに鳥獣保護法と狩猟法違反…であろう。
捕獲者は厳しく罰せられるであろうが難しいことはさておき、
ボクには次々に補充されてくるオオタカの存在が気になった。
オオタカは今日では確かに増加傾向にあるが、
こんなにも補充されるほどに生息数があるのだろうか。
猛禽類としての彼らの習性を理解すれば、
数さえいれば餌のあるところには必ず「補充」されることは確かである。
オオタカは、実際にそれくらいの数がいるのかも知れない。
 
(写真・上にいる鳩は、長距離でも短距離にも力を発揮する優秀な血統らしい。)
http://www.owlet.net/diary2/UPDIARY/259.jpeg『密殺されるオオタカ…2』 (07月20日)
伊那谷の山村で、鳩に夢中になっている青年がいる。
飼育している鳩だけでも300羽は、いるだろうか。
その鳩小屋へ、オオタカが飛び込んでしまった。
オオタカは無傷だったが、3羽の鳩が食べられたりして死んだ。
青年は激怒して、オオタカを小さな檻のなかに閉じこめた。
それを遊びにきた友人が見つけて、
友人『おお、かっこいいタカだなあ。俺にくれや〜』
青年『ああいいよ、70万円で売ってやるよ。』
青年『こいつは、30万円の鳩1羽と20万円の鳩を2羽殺したから、70万円だ。』
その後、オオタカがどうなったのかは知らない。
70万円のお金は実際には動かなかっただろうが、
オオタカは再び自由の身になれなかったことだけは確かだ。
このように、自然環境の豊かな地域ほど、
鳩レースが行われていればオオタカが必ずやってくるらしい。
そこで鳩飼いは、小屋に飛び込んでくるオオタカを確実に殺している。
また、いらなくなった鳩に毒を塗り放ち、
オオタカに死んでもらうこともやっているようだ。
この場合は、オオタカが獲物をどこから一番先に食べはじめるかまで
しっかり観察したあげくに、農薬をどこに塗れば効果的…かとまで計算している。
さらには、鳩に発信器をとりつけてオオタカに襲わせ、巣を探ることもやっているようだ。
 
無責任な愛鳥家は、このような話しを聞けばこれまた激怒することだろう。
しかし、ただ野鳥を愛でて「保護」を叫びつづけているだけの人たちより、
一部の鳩飼いのほうがオオタカのことを研究しているし、知っている。
オオタカばかりか、自然界全体の流れを理解している人たちも多い。
これに対して、
愛鳥家と称しながら野鳥を「癒し」の対象でしか見てない人には、
自然界の仕組みなんてほとんどわかってないのが実状だ。
そのような人にかぎって、
二言目には「少しでも多くの人たちが野鳥に関心をもってもらえれば、
日本の自然も豊かになる。」と、思いこんでいる。
 
ボクはどちらの肩を持つわけでもないが、
愛鳥家のみなさんは野鳥だけを単眼発想で見るだけではなく。
今日の自然界がどうなっているのか、
そして、社会がどう動いているのかといった複眼で、
いまの時代を見てもらえれば逆にいろいろな現象が見えてくるのではないかと思っている。
何百種類の野鳥を見る目的で楽しんでいることもいいが、
数種類の野鳥を深く観察するだけで自然界の全体像も見えてくることがあるからだ。
 
半世紀に渡って鳩レースをやってきた古い鳩飼いに言わせれば、
オオタカが30〜40年前に鳩小屋に来るなんてことは皆無だった。
ここ15年ほどの間に、オオタカは急に鳩小屋に来るようになった。
オオタカは確実に増えているし、環境もそれだけ変化しているということだ。
そういった言葉にボクも同調するだけの根拠があったから、ただ頷くほかはなかった。
(写真・今年もノスリの雛が巣立ち、樹頂に止まって親鳥を呼んでいた。
このノスリの止まる300メートルとなりにはオオタカの巣がある。
ここでは、ノスリとオオタカの共存関係が20年も続いている。
ここのオオタカの食事メニューにも、ドバトやレース鳩が含まれている。
奥の尾根には、クマタカも営巣している。)
http://www.owlet.net/diary2/UPDIARY/260.jpeg
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◆よりぬき掲示板(長い部分を添削させていただきました)
『敷居の高い?野鳥観察』 投稿者:糸ちゃん(男,修行中,東京)
ぼくは野鳥は専門外で、自然保護団体の人にも会ったことがないので、
極端な意見かも知れませんが・・・
自然に興味を持ち始めた初心者にとって、
野鳥観察というのは非常に敷居が高いのではないかと思います。
特に都市部に住む人にとってはそうですね。
たまに野山に野鳥を見に行って、一体どれだけの「自然」が観察できるのか、非常に疑問です。
それだったらぼくは昆虫観察の方をお薦めします。
gakuさんも言っておられましたが、鳥は頭が良いので写真を撮るのはもちろん、
観察するのは大変、近づくこともままなりません。
しかしこれが昆虫だったら簡単ですね。
たまに野山に行っても、沢山の種類の昆虫を簡単に見ることが出来るし、
捕まえることも出来ます。
また、捕食、交尾、脱皮などの様々な生態も見ることが出来ます。
それは野鳥の姿をチラッと目撃することより、
より多くの知識を得ることが出来るのだと思います。
昆虫観察は、自然を知る手段として効率がいいのです。
 
gakuさんの自伝を読むと、子供の頃からの野鳥の知識に驚いてしまいますが、
それは「野鳥を毎日観察できる環境にあった」からではないかと思います。
野鳥観察は大変なので、それぐらいの環境でないと難しいのではないでしょうか?
都会の人も、野鳥に興味があるのなら野山に出掛ける前に身近な鳥、
カラスやスズメやハトに目を向ければいいのではないかと思います。
そういった鳥は都会に住む人でも、継続して観察することが出来ます。
例えば、サラリーマンが営業で外に出掛けたときでも、
ふとした拍子にカラスの面白い行動が発見できてしまうかも知れません。
そうして、日頃身近な野鳥を観察したその「目」で改めて野山に野鳥観察に行く・・・
そこで初めて有意義な観察が出来るのではないかと思います。
海外で写真を撮る昆虫写真家も、国内にベースとなる観察フィ−ルドをもっています。
日本の昆虫を良く知らないと、海外の虫のこともよく分からないからです。
観察の基本は少しずつでも継続することです。
働いていて忙しい、けれども自然に興味がある人には、
簡単で継続できる自然観察の方法を知ってもらいたいです。
それをいきなり敷居の高い「野山での野鳥観察」に誘ってしまうと、
ろくに観察できず「理念」ばかりが育ってしまうのではないでしょうか?
 
このサイトに集まる人が面白いのは、それぞれ自分の観察方法を開拓していることですね。
例えば野生動物の「死体」ですが、
これは動きませんから忙しい人や初心者でもじっくり観察することが出来ます。
自分の出来る範囲でどんな観察が出来るのか?
そういうアイデアをお互いに出し合うような、
そんな輪がもっと広がればいいと思うのですが・・・
↑言い忘れましたが・・・
以上は「gaku日記」のオオタカのエピソードを読んで、思ったことです。
断りがないと唐突ですね(^^;
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『都市部の野鳥』 投稿者:ニキ(男,東京)
こんにちは。私も東京ですが、海岸や大きな川(江戸川など)には、
水鳥は多いと思います。鳥にはあまり詳しくないのですが、
カモ、サギ類、シギ、チドリ、カモメなど多いですね。
海岸部には野鳥観察公園もありますから、見ようと思えばかなり見られます。
写真に撮ろうとすると、最低でも600ミリは必要と言われますから、
これが壁です。しかし、スコープと言いますか、望遠鏡のようなものが備え付けてあって、
無料で貸してくれる観察舎もあります。
たまに山へ行けば、確かに森の中で鳴き声はよく聞こえますが、
姿はあまり見られません。たぶん見る目が無いのでしょう。(笑)
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『大事なことは・・・』 投稿者:gaku
五感では・・ないでしょうか。
見れない・・・(視覚)
聞こえる・・・(聴覚)
 
この2つだけで、物事語りすぎていてはいけないと、思いますよ。
もちょっと、自分がどう生きているのか、どこに生きている土俵があるのか、
そこに気づいてもらえれば、いいのです。
五感のうちの、残り3っつが、何か・・
それに、気づいてほしいのです。
 
五感のすべてを使いなさい、といっているのではありません。
2〜3個を複合すれば、大きく感覚が発揮されるから、です。
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『私の野鳥観察』 投稿者:もか助(女,未熟モノ,大阪)
私は野鳥観察が好きです。
初めて鳥見をしたのは、たまたま立ち寄った那須の湿原でした。
ですから、いきなり野山での観察をしたことになります。
アッテンボローの気分で草むらに身を潜め、双眼鏡を握りました。
私なりに、鳥を見る、自然を観察する楽しみを知りました。
その後、市の施設が主催した初心者向けの観察会にも出かけました。
家族連れ、夫婦、一人で、といろいろな人が集まりましたが、
みんなとても楽しそうでした。
それらがきっかけで、身近にいる鳥に気づき、楽しむようにもなりました。
観察をすることに、敷居が高いとか、低いはないと思います。
理念ばかりが育つというのは、よくわかりません。
自然を知ることに、効率や、有意義も求めなくていいと思います。
昆虫が好きでなければ、いくら見ても何も見つけられないと思うし、
なにをもって有意義なのか、それは人それぞれ違うはずです。
 
基本は、好きだから見るのであって、
日々丹念に観察をされている人や研究をされている人からすれば、
お粗末な観察かもしれなくても、本人が楽しんでいることが一番です。
それがあってこそ、広がりを見いだせるはずですし、自然への理解にもつながると思います。
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『すいません・・・』 投稿者:糸ちゃん(男,修行中,東京)
ちょっと考えすぎて、理屈が先行しすぎたカモ(^^;
何事も、自分が楽しいのが原点のハズですよね。
ぼくの場合、考えながら理屈があちこちに行ったりするのも、また楽しいのですが。
 
自分にとって野鳥観察は、なかなか敷居が高いのは事実です。
多分、虫を見るときと、鳥を見るときでは五感の使い方も異なるのではないでしょうか?
両者とも全く異なる感覚、時間、空間を生きているように思います。
どういう風に鳥に接近するのか、実際にフィールドに同行してみたいです。
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『野鳥観察』 投稿者:ヘテロ(男,気は若い,三重)
私も野鳥観察、撮影を始めたのは、今年からです。
野鳥は昆虫に比べて種類が少ないし、観察者の人数が多い。
「珍鳥が来た!」との情報が流れると、ワァ!って、人集まってくる。
あれには参りました。
 
それに、野鳥撮影用の望遠レンズの値段にはビックリ!
マクロレンズなんて、ホント、安いもんだ。
昆虫の方がずっと面白い!
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『身の回りの自然に気づくきっかけに・・・』 投稿者:やまひめ(女,若気の至り?,東京)
人間身近な物事については先入観だけで片付けてしまっていて事実を見逃
していることが多いような気がします。
私自身、数年前、某団体の主催する探鳥会に何度か参加するまでは、自分の
住んでいる地域に生息している野鳥はカラスとスズメ、あとはムクドリと
キジバトくらいと、なんとなく思い込んでいました。
 
でも、実際にはセグロセキレイ、キセキレイ、オナガ、カワセミ、カワラヒワ、
イカル、シメ、コゲラ、モズ、オオタカ、ハイタカ、カワウ、(冬には)カモ
類各種等々、総数こそは及ばないものの、有名探鳥地で見られる数の少なく
とも半分近い数の種類の鳥がかなり身近にも存在していたのだということをは
じめて知りました。
 
そういう意味では地方の有名な探鳥地や自然保護区へ行くのも悪いこととは
思いません。そして、はじめはそこでしか見られないのかと思っていていた鳥
の一部が後で意外と身近にも存在しているのだと知った時の驚きや喜びはまた
格別です。
 
今は都会でも都市の中の自然観察や探鳥会なども時々行なわれているよう
です。遠くの野山へ出かけていった後にはそうした身近な街中の観察会にも
お出かけになってはいかがでしょうか?
 
もちろん、カラスやスズメのように人間の身近でいつでも見られる鳥の
行動を見るのもとても面白いもの。とかく野鳥愛好家の中には見た種類の数
や珍鳥ばかりを追い求める人も多いのも事実ですが、自分の住む地域の自然
の豊かさor貧しさ、したたかさ(?)に気づくきっかけになれば何でも良い
のではと思います。
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『自然観察』 投稿者:知樹(♂,学生,大阪)
野鳥や昆虫からだけでなく、
身の回りの自然環境そのものから興味をもってもらうのはどうでしょうか。
 
ぼくが自然に興味をもつことになった元々の原因は、
小学校低学年から始めた昆虫採集です。が、
高学年の頃から鳥にも興味をもつようになりました。
原因はgaku先生の「森の365日」だったりするんですが…
で、中学では昆虫をしつつ、鳥見もしてました。
首に双眼鏡ぶら下げて捕虫網を振り回す、なんてことをしてたわけです。
ところが、高校に入ると同時に双眼鏡も捕虫網もほとんど使わなくなりました。
そういった所になかなか行けなくなったというのもありますが、
わざわざ遠くへ行ったり、道具を買ったりしなくても、
昆虫とか、鳥とかにこだわらなくても、
身近な自然に触れているだけで十分おもしろいじゃないか、
と気付いたのが一番の原因です。
上手く言えませんが、昆虫や鳥の範囲ではなく、植物なんかも全部ひっくるめた
「自然の流れ」を眺めるのが好きになったわけです。
 
小学生の頃から通い始めて10年ほどになる近所の池でも
大した観察はもうしてません。
道具はちっちゃなデジカメだけ。後は池をまわるだけ。
それでも色々と変化が見えてきたりもします。
ヨシが減ってしまって、ツバメのねぐらがなくなったとか、
アオサギが子育てしてたところは全部カワウに占拠されてしまったとか。
開発工事の影響でタヌキはどこかに行ってしまったし、
ジュウサンホシテントウムシも、もう見られないだろうとか。
今はそういった変化をデジカメで自分なりに撮っているだけです。
 
自然に少しでも興味をもったのであれば、難しいことは考えずに
普段の生活の中にある自然をじっくり観察すればいいんじゃないでしょうか。
別に対象は何だっていいんです。昆虫でも鳥でも植物でも。
いつもよりほんのちょっとだけ周りをよく見れば、何か見えてくると思います。
「ここにこんな生き物がいたんだ」始まりはそんなきっかけで十分だと
ぼくは思います。
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『趣味の世界…だから』 投稿者:gaku
まあ、野鳥好きの方は、野鳥ばっかりしかみてませんが、
ボクがいつも言っているような「複眼」で
野鳥も含めた自然界全体を見てもらえるようになれば、いいのです。
 
その意味での野鳥観察もきっかけになっていけばいいのですが、
そこからなかなか発展できずに「オタク」になっていってしまうのが残念…な、だけなんです。
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『人次第』 投稿者:風(エエ男,ワル中年,山梨)
いろいろなものを観察するということは、必要だとは思いますが
重要なことは「考える」ことではないでしょうか?
目の前に展開されている事象のみを観察していても
gakuさんの言う「複眼で自然界を見る」ことには、なかなか繋がりません
複雑に思考回路を働かせ、さまざまな角度から観察することができれば
野鳥・動物・昆虫・植物・魚類などの、どの分野でも同じだと思いますよ
逆に、複眼思考ができないと、自然や自然界の動態は見えてこないような感じがします
 
いずれにせよ
分野の問題ではなく、『人』次第でしょう
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『遅ればせながら』 投稿者:オムライス(♂,若気の至り?,東京)
昆虫VS野鳥、やはり自然観察にもマクロ派(昆虫)と望遠派(鳥)があるように思います。
カメラのレンズと同じように。
ワタシはどちらかといえばマクロ派なのですが。
望遠の方とお話しすると、大いに勉強になります。
ちがうアングルから自然を見ているんだなあと。
遠くの自然と近くの自然。やっぱり目のレンズもときどき変えて、考えることが必要ですね。
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『横断…』 投稿者:gaku
>遠くの自然と近くの自然。やっぱり目のレンズもときどき変えて、考えることが必要ですね。
 
そうなんだけど、
ボクの「死」「フクロウ」「アニマルアイズ」「けもの道」…
これらをなかなか横断的に見てもらえるってこと、少ないんです。
「死」と「フクロウ」を同時に見せても、反応は真っ二つになることが多いですね。
ですから、
自然を花鳥風月で見ている人には、レンズを変えよう…とも、
思ってないのではないでしょうか。
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『走り続ける・・・』 投稿者:ミサ郎(男,修行中,茨城)
>横断的に見てもらえるってこと、少ないんです。
古くから宮崎ファンであった人はおしなべてそう言いますね。
「フクロウ」、「鷲と鷹」が私にとっても鮮烈な作品だったがゆえに
その後に発表される宮崎作品にはとまどいを隠しきれず、
宮崎作品からは都度遠ざかっていきました。
しかしアニマル黙示録の連載で久々に宮崎さんの写真を見て、
さらにこのHPを立ち上げられ、ほぼ毎日眺め、宮崎さんの思想なり考えを
私なりに咀嚼していくにつれ、宮崎さんの言わんとしていることと
我々がたった今やこれからの時代を生きていくうえで見落としていること
見誤っていること忘れかけていること考えなくてはならないこと次代に伝えるべきこと・・・が、
ようやっと私の中に気づかされたわけです。
宮崎さんはもうひたすら先に先に走っていたわけで鈍な私ごときには追いつけなかったのです。
「鷲と鷹」は宮崎さんには、単に通過点であった・・・
人は走り続けないと、生産も思考も発見も創造も・・・ストップしてしまうのでしょうね。
風さんがおっしゃっているように、要はその人自身の考えや気持ちの持ち方だと思います。
思いこんでいる人には講釈をしてもなかなか靡きません。
何か大きなきっかけがないと難しいというのが正直なところでしょう。
宮崎さんはそういう意味でもこのHPを立ち上げているのでしょうから
逆に言うととても有り難い存在です。
私自身もそうであったように、多くの花鳥風月な人が見てくれれば変わっていく筈だと思います。
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『自然観察とはなんぞや?』 投稿者:風(エエ男,ワル中年,山梨)
宣伝するようで、ちょっとはばかられるのですが・・・・・
 
ここ3日ほどの「雑感」で、風流の自然観察方法をちょうど書いたところです
http://www.be.wakwak.com/~raptor-a/
お暇な方は、読んでみてください
自然観察は、うわべのものを見ることではなくて
もっと、奥が深いものだと思っています
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『宮崎 学 【野生は笑う】vol.30』 投稿者:gaku
>ミサ郎さん、
やはり貴方はいいところでズバリ的確に言ってくれます…ね。
感謝してますよ。
ほんと、そのまんま、なんですよ。
 
で、
先日のメルマガ【野生は笑う】vol.30 
でも、ボクはそのへんのこと言ってたんですね。
 
『>なぜ写真を撮るのか、なんのために写真を撮るのか、
リアリズム写真の土門拳賞を受賞したgakuさんに登場願いたいてすね。
 
写真は「視覚言語」だと、ボクは思っています。
一枚の写真から何を「読んで」いくか、ということをいつも考えています。
自分の語りたいものを文章で表現していくのが作家ですが、
写真もそれと一緒だと考えられます。
ですから、ボクもいろんなテーマを横並びにして発表してきていますが、
これらのテーマを横断してみていただければ分かってもらえるのではないか、
と思っています。
まだまだ、自然界を探るにはあっと驚くテーマがあるのですが、
それらを発表していくには「時間」と「資金」が必要になっていきます。
しかし、発表できても回収はできない…でしょう。
そういうところに価値を見いだせない時代になってきてしまっているから、
今後はどんどんそうした文化も衰退していくものと考えられます。』
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◆モモンガより
gakuの「五感を使って観察」という話しですが・・・。
オーケストラの指揮者は絶対音感があるって聞きますよね。
何十人もの演奏者の中から、第3バイオリンがスランプだ・・などと聞き分けてしまう。
gakuさんは、あれに近いものがありますから、(つまり山の中でそれができて
しまうわけです)一般庶民がまねしようとしても
かなわないっておもうのですが(;;
ちょっとでもその姿勢を学ぼうと努力すれば何か違ってくるのかも。
掲示板を読んでモモンガが思い出した言葉は、
宇宙飛行士の毛利さんがどこかでおっしゃっていた・・・・
『星を見るのは理科の勉強じゃないですよ、星を見ながら絵を書きたくなったり
詩を書きたくなったり、気持ちよく眠ってもいいわけです』
(?最後の一文はなかったかも^^;)
いろいろ考えるきっかけを与えてくれるgaku日記、具がたくさん入った
辛口カレーのように何度食べても飽きないですね
皆さんはカレーぐちゃぐちゃに混ぜて食べますか?//ち、ちがう。。(; ̄▽ ̄)
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◆「お知らせ」ページに先日のオフ会の模様をアップしました。
◆リンクページを更新しました。
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