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| ================================================================ 宮崎 学 【野生は笑う】 (ペットについて考える、その2)vol.19 ============== http://www.owlet.net/ ============================ 前号の(その1)からの続きです ◆ワンキチさんのメールより---------------------------- (前略) さて、掲示板ではなく突然モモンガさんあてにメールを差し上げたのは、 例の「沖縄の野猫処分反対」の件における私の対応についてのご相談でございます。 森の365日というホームページ、そこに集まる人々(殆どがgaku先生の意見に賛同) の特性を考えれば、私が何気なくあのような書込をしたことで皆様方を傷つかせたこ と、又結果自分も傷ついてしまったことは否めなく、浅はかな行為をしたものだと反 省いたしております。 ご相談というのは、今後私のような者が森の365日を覗き続けてもよいものかと・・ ある日の掲示板に「猫派はこういう話しになるとすぐ引いてしまう、」というgaku先 生のコメントがありました。 私自身は逃げたつもりはなく、ただ多忙のため言葉を選んで書込することができなかっ たのですが、やはり何々派というくくりで見られるのなら、森の365日には邪魔な 存在なのかなと・・・・・・? 子供っぽいかなとは思いつつ、掲示板では聞きにくかったため、管理人でありgaku先 生のご性格をよくご存じであろうモモンガさんにお尋ねしてみたくメールさせていた だきました。 よろしければご返事いただけますでしょうか? 追伸 因みに私は近所の野良猫十数匹を避妊去勢手術させた結果、ここ5年間町内で猫の叫 び声を聞くことも、交通事故の死体を見ることも殆どなくなりました。 沖縄とはレベルが違う条件が違うというものの、できることはやってもいいんじゃな いかと・・・・ でも一番大切なのは捨てさせないことだと思いますが。 ワンキチ ◆モモンガから返信---------------------------- ワンキチさん、メールをありがとうございました。 沖縄の猫に関しては、あれきりになってしまい、 ワンキチさんのことも気にしていたんですが、 ごめんなさいです。うまくフォローできなくて・・・・ 森の365日は、わたしもgaku先生も、 もっとみんなが忌憚のない意見を出し合えるような・・・ そして問題提起したり、一緒に考えていけるような 掲示板になっていったらいいねと、普段から話しています。 だから、ワンキチさんがご自分の意見を書いてくださったことは とても嬉しいと思っていたのですが、 ワンキチさんがそれで、ショックを受けてしまったみたいで、 それ以降の議論に発展しなかったので、そちらの方が 残念というか、HPでは少数派になってしまうかもしれない ワンキチさんには悪いことをしてしまったという気持ちもあるし。 森の掲示板は、オフカイなどもあり、お互い知れた人同士が多いから、 なかなか自分の意見を言うのは勇気がいるんでしょうね・・・。 でもgaku先生の毒舌にもめげず がんばってついてきてくれる人・・・gaku先生は、 それを期待してるんですよ。 それから、秋に出るアサカメの最新号・・・ 野良猫の話をgaku先生が書いています。 わたしは、今まで考えたことのない視点を教えて貰ったと思い、 とてもいい記事だと思いました。 みんな、ワンキチさんとさたにいが、いい話題を提供して くれたのがきっかけになっているのでは? gaku先生は、そういう意味で喜んでいるんですよ。 (後略) ◆gaku日記より--------------------------------------------------- 『ペットについて考える(その1)』 (06月29日) 1)保健所の動物処理施設を見学させてもらうのも、いいでしょう。 そこには、野犬狩りに遭って捕獲された犬や、血統書付きとおぼしき毛並みのいい犬、 一時期爆発的に流行した犬種が時代遅れとなって捨てられた犬、 ペットショップで売れ残り、カワイイところを過ぎてしまった犬・・・・ それらの犬が雑多に一つの部屋に入れられて、ガス室へと送られていきます。 約1週間の公示後、5日、3日、あと2日、1日と、ガス室へ近づいていくのです。 死期を悟った犬は、雑居部屋で、狂ったように「交尾」を繰り返すものもいます。 主人との楽しかった日々を思い出すかのように、冷たい壁を静かに見つめる犬。 ただただ、猛り狂って泣き叫び「脱糞」をくりかえす犬。 首都圏に近いある県の処理施設では、こうして処分される犬が、年間約3万頭。 ひとつの県で、これだけの数ですから、全国的には膨大な数字となります。 (犬はこのように処分されるが、猫に関してはまったくの未知数。 それは、積極的に 捕獲をしていないからです。) こうして処分された犬は、焼却されて、その灰は近所の梅園に撒かれていました。 それとは知らずに、毎年春を待ちわびて、梅の「花見」に訪れる庶民・・・・ 2)ペット霊園を見学させてもらうのも、いいでしょう。 おびただしい卒塔婆の立つペット霊園は、一種独特な雰囲気があります。 狭い敷地にひしめく卒塔婆を観察すれば、 そこに葬られているペットの種類がわかります。 犬も猫も、ウサギもリスも、フェレットまでも一緒に葬られているから、 あの世でケンカでもしてないかと心配になります。 で、民間のペット霊園では、 人間でいうところの「戒名」のランク付けまであります。 もちろん、金持ちはペットの死後も、敷地の広い特別エリア。 そんなペット霊園で、墓参りに来る元飼い主たちの人間観察をしてみるのも、いいでしょう。 水っぽいお姉さんは、健気にも一人で来てます。 気弱そうな20代の坊やは、両親と来ていることが多いものです。 ときには、ホンモノの和尚さんとやってきて、 卒塔婆の脇で「読経」」をあげてもらっているオバサンもいます。 そんなオバサンは、たいてい卒塔婆にしがみついて放心状態になっています。 それを、カラスが上空からしっかり観察しながら、お供物の皮算用をしています。 誰もいなくなった夜間には、タヌキが徘徊し、 野良猫集団もペット霊園で生計をたてています。 ついでに、お供物なんかを観察すれば、 近所のマーケットから生産国までさかのぼれます。 そして、ここに携わっている人たちの生計が、 こういうところにも生まれていることにも気づきます。 (写真上・ある県の「動物愛護センター」に収容され、公示中の犬。 飼い主が現れなかったら、このあとガス室へ。 写真下・これらの犬は、翌日にはガス殺、焼却された。 首輪つきのまま、飼い主から捨てられた犬も少なくない・・・) 『ペットについて考える(その2)』 (06月29日) 3)ペットショップで販売されている子犬や子猫や、 それらを買いにきているお客を見るのも、いいでしょう。 ペットも小さなうちはとてもカワイイものですが、 ちょっと大きくなったものはすぐに売れ残ります。 そして、ある日とつぜんショーケースから姿を消していきます。 商品価値のなくなった子犬や子猫は、いったいどこへいくのだろう・・・・か。 目の前にいる可愛いペットをみながら、 そう詮索して、ショーウインドーを覗くお客はほとんどいません。 生命あるペットといえども、業者にとっては「野菜」売場と同じ。 ショーケースはいつも、売れ筋で鮮度のいい「商品」の陳列となるからです。 鮮度のいいところにしか、お客さんの目が注がれません。 4)品評会にでかけるのもいいでしょう。 たくさんの種類があることに、気づかされます。 そして、それぞれに特徴をもったペットたちの、 わずかな「特徴」を好きになっていることに気づかされます。 ついでに、ここで、ペットと同時に主人やブリーダーの観察もされるといいでしょう。 みんな、楽しそうです。 しかし、優秀でなかったペットの飼い主の苦渋にみちた表情もしっかり観察できます。 同じ形態をしたペットなのに、その中にも差をつけて、 こうして人間がファッションショーのように「つくりあげていくものだ」なぁーーと、 会場で気づかされます。 そして、 これまで述べてきたこの4つを同時複眼的に思考すれば、 なんだか人間社会の縮図を見る思いがしてきます。 まさに、人間のありかたそのものをペットから見れる気がしてなりません。 こうして、いま私たちの身の回りにあることを、 一人ひとりが静かに考えてみてもいいのではないでしょうか。 まずは、「現実を知る」ことからはじめるのも遅くはありません。 動物愛護派を主張する人も、自らの足でこのような現場を目撃するヒトは、少ないでしょう。 他人からの受け売りだけで無責任に判断するのではなくて、 身近なところにも、ちょっと視線を向けて、 自ら考え、行動して、考察し、判断しても、遅くはないからです。 (写真・沖縄の那覇市に近い「瀬長島」ここには、 たくさんの野犬が遊んでいる。ほとんど、捨てられた犬たちだ。) 『柴犬のロク』 (06月28日) 「梅じゃむ」用に、梅を取っているときだった。 畑の持ち主の「竹爺さん」が、山からおりてきた。 竹爺さんの家は、標高900メートルの伊那谷の山間ではいちばん高いところにある。 それ以上奥には、もう、人家はない。 そんな山奥で農業をやっている竹爺さんは、82才。まだまだ、元気。 g 『こんにちは、お爺さん家にいなかったから、勝手に梅取ってるよーー』 竹爺『いいに、いいに、いくらでも取っていってくんな。 ワシは、梅が安いからもう何年もほったらかしている。農薬もやってないから、 梅もいいものではないよ。』 g 『それだから、ボクは貰いにきたのです。 しかし、梅もぎがこんなに重労働だと は、やってみるまで思わなかったよ。』 竹爺『そんなこと言ってくれるのは、ミヤザキさんだけだよ。たいへんズラに。』 農薬もやってない梅の木には、毛虫やらテントウムシもいっぱいだ。 梅畑の足下は、いたるところ「穴」だらけ。この穴は、イノシシが掘ったものだ。 g 『イノシシがすごいねーー』 竹爺『いやー あんまりイノシシが悪さするから、野菜づくりも今年はやめちゃったさぁー』 g 『犬を放し飼いにしておけば、イノシシも来ないだろう・・・に。』 竹爺『そうな、そうすればいいが、近所でうるさいから今はクサリで繋いでいるよぅ。 柴犬のロクがいたころの昔は、イノシシもサルもシカも、絶対に里には来なかったものだでーー』 竹爺『柴犬は、ほんとうにいい犬だなぁ。朝ワシと山へ出かければ、 独りで勝手に山の中で遊んでいる。昼頃にちょっと帰ってきてワシの顔を見て手を嘗めて、 また山へ行ってしまう。そして、夕方には、ワシと一緒に家へ帰ったものさ。』 竹爺『それで、夜になれば、庭で寝ていっつも家の番をしていた。 今の犬は、雑種だけど、そんな元気はないよ。だから、イノシシもわが物顔さぁー』 竹爺『こんな犬でも、放せば、下の方のちゃんちゃんこを着た座敷犬が迷惑するっといって、 文句がでてくるしねぇーー』 久しぶりに、ボクは「柴犬」という言葉を聞いたような気がする。 柴犬は、日本犬のまさに原点だ。縄文時代から、ずっと日本人と一緒にすごしてきた犬だ。 それだけに、日本各地の気候風土に合った犬がいて、人々と暮らしを共にしてきた。 それは、オオカミとキツネの中間をいくような、 額段の低い鼻筋の通った顔貌をしていて精悍だった。 クマに出会っても主人を守るために勇猛果敢に戦う強い精神力をもっており、 中には木登りまでできるものもいた。絶えず主人に従順で忠実で群れず、 自分の世界をもっているところは、まさに竹爺さんの柴犬「ロク」だ。 そうしたホンモノの「柴犬」も、今日ではほとんど見られなくなってしまった。 柴犬とは名ばかりで、まったく別モノの『柴犬』が 柴犬と勘違いされている時代になってしまっている。 (写真・都会でも、田舎でも、最近はこのような犬が大流行。 服を着せなくては風邪をひいてしまうという軟弱犬ばかり。) --------------------------------------------------- 軟弱な犬(?^^;)を可愛がっている皆さん、ごめんなさい。 わたしも昔、すっばらしい犬も猫も飼っていたから。 「うちのだけは違う」ってもちろん思っていましたとも! 一行だけ拾い読みして、誤解しないでくださいね・・・。 また、思うところがあれば、掲示板にて発言くださいませ モモンガ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 宮崎 学 【野生は笑う】(不定期発行) □URL http://www.owlet.net/ □E-mail momonga@owlet.net ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 尚、このメールは「インターネットの本屋さん「まぐまぐ」 を利用して 発行しています。不必要になった時はこちらから解除できます。 尚、登録すると同時に、まぐまぐからのマガジンも届きますが、 そちらの購読継続・解除も自由に行えます。 http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000075881) |
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