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●Gaku塾に連載の「gaku日記」の過去ログを掲載しています。 |
| 『ゴミの海』 (03月28日) |
愛知県豊橋市の三河湾に注ぐ紙田川河口付近。ここには、おびただしい量のゴミが漂っていた。ペットボトルはもちろんのこと、古タイヤや食品トレー系統のゴミ、農業用ビニールから肥料袋、家電や寝具まで…あらゆる現代ゴミの山。 このようなゴミは、何もここだけに限られていることではない。 日本中いたるところの海岸線や河川も、大なり小なり似たようなものだ。 物質文明社会に生きている今日の私たちだから、このようなゴミは全国であたりまえに出てくることだろう。 しかし、現実にこのように吹き溜まっている現場を見れば心おだやかではない。これらのゴミは最初はそれぞれに一つずつが個人的に投棄されたものだろうが、集まる場所にはこうして吹き溜まるのだから、その量といえばたいへんなものだ。 このことはそのまま海洋汚染へとつながっていくのだろう。 これらのゴミは誰も片づけないのだから、海に漂い、沈み、汚泥のなかにやがて埋没していくにちがいない。家電製品のゴミからは電子部品などの溶融も海水の塩分が早めるから、化学物質や重金属もどんどん溶け出すにちがいない。そして、これらの物質は最終的には、魚介類の体内に吸収されていくはずだ。 アサリやシジミなどの貝は、一匹が一日に汚泥を1リットルほど浄化していると聞いたことがある。泥の中でそんな仕事を毎日してくれているのかと思えば、彼らを見直してしまう。 そのアサリが、いま旬を迎えている。 旬のアサリは、食べてみればほんとうに美味しい。 しかし、体内には相当量の化学物質も蓄えていることだろう。 そのアサリを求めて、いま三河湾にはたくさんの潮干狩り客が殺到している。防波堤の上は、車の往来ができないほどに潮干狩り客の車群で埋まっている。ここを訪れる多くの人々には、「アサリ」しか見えていないだろう。岸辺に大量投棄された「現代ゴミ」がすべてに循環していることに、気づく人は少ない。 食べ物はやはり安全なものを食べたいというのが私たちの願望だ。 しかし、現代社会でそれを求めるのは無理だろう。写真のような風景を見届けても、その結果がどうなっていくかという「想像力」をふくらめることができないからだ。 そうした「想像」する「力」さえも、今日では失われてしまった。いや、想像したら食べられない、ということか。 |
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| こうした風景もいまの時期がいちばんよく目立つ。これから芽吹き、植物が茂りはじめると、ゴミの規模も小さく見えてしまうから意識も薄れてしまう。 |
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