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●Gaku塾に連載の「gaku日記」の過去ログを掲載しています。


『ハクチョウの湖』 (03月05日)

長野県の諏訪湖で、若いコハクチョウが1羽死んだ。
コハクチョウは、防波堤として打ち込んである木杭の間に首をつっこみ、そのまま抜けなくなって死んだ。
その模様を地元テレビはニュースとしてとりあげ、朝に昼に流し続けている。
そして、県の職員が現場に8人も出て、対策を講じていた。
 
防波堤とは杭を並べて水底に打ち込み、その内側には石を敷き詰め、水草を植えていた。その目的は、「人とハクチョウがふれあえるように・・」との理由だった。
その杭と杭の間に3〜5センチの隙間があり、ハクチョウがその隙間に首を突っ込んで中の餌を食べているときに、事故が起きたようだ。
テレビニュースを見ていれば、県の職員たちがその隙間をメジャーで計っているところが写し出されていた。
そして、何らかの安全対策をしたいと、コメントしていた。
多分、隙間がなくなるようにネットを張るなり、隙間を埋める作業をすることだろう。
 
ここでボクは、少し疑問に思った。
タヌキやカラスが死んでいても、県の職員は見にもこない。
ハクチョウだから、マスコミも騒ぎ、それで県の職員も動かざるをえなかったのだろう。
少し前にも山形県で釣りのルアーを口にひっかけたハクチョウのことが話題に上がっていたが、ハクチョウの事故にはマスコミも敏感なようだ。
白いというだけで、ハクチョウは特別扱いをされすぎているような気がしてならない。
 
ハクチョウだけでなく渡り鳥は、越冬地と繁殖地を往復するという壮大な旅行をしながら、自然界で生きるライセンスを手に入れているのが本来の姿である。旅先では日々的確な判断を繰り返しながら自分の生命を守り、そして繁殖地へ無事に帰還する力のある個体のみが、はじめて子孫を残せるのだ。
だから、あらゆる生命は誕生の数だけ死の数もあり、死ぬことも生命のなかにプログラムされてはじめて種が維持されていく。そのために越冬という自然環境との戦いがあり、そこで生命を落とした分だけが、翌年の繁殖期に埋め合わされていくことになっていくのである。
 
現代のハクチョウは全国的に「餌付け」をされ、まさに優雅な越冬生活を謳歌している。
こうした過保護ハクチョウにとって諏訪湖の事故は、本来なら淘汰されるべきドジ個体だったのかも知れない。「生命」を一面的にしか捉えられないマスコミは、ハクチョウの死を美化だけにすり替えて満足するのではなく、もっと他にやるべきことがあるのではないか。

 
食パンを食べるオオハクチョウ。全国のハクチョウ越冬地には、こういう優雅でない姿があふれている。




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