母の日
2008年5月12日

今日は、母の日、だった。
ボクにも、90歳になる母がいる。
まったくボケてもいなければ、腰も曲がってもおらず、いたって元気なのがうれしい。
そうはいっても、もう90歳なので、親孝行だけはしておきたいものだ。
入れ歯の母を気づかって、手づくりプリンの詰め合わせを買って、カーネーションをもって実家へ行ってきた。
来年には還暦になろうとするオイラなのに、母にはいつまでたっても息子はムスコ、なのである。
お茶を何杯も入れなおし、次々に菓子の封を切り、オレンジを食べやすく切っては、息子に差し出す。
腹いっぱいなので、「もういいよ」といえば、『遠慮するな…』といっては、また差し出す。
息子には、何でも食べさせたいと思っている、母心…。
夕食を外に食べに行こうと誘ったが、自宅に食べるものがあるからもったいない、といって頑なに断ってくる。
ほんとうに苦労してオイラを育ててくれた母だから、美味しいものでも食べさせてあげようと思うけれども、昔ながらの粗食がいちばんいい、という。
こうなれば、もう外へ誘い出すより、少しでも多く実家へ顔を出し、話し相手になってあげることだろう。
そう思った、「母の日」だった。
(GX100)
迷子になったツキノワグマの子供たち
携帯電話が鳴った。 出てみると、隣町に住むタダさぁーからだった。 『おおーーい、ミヤさん、大至急きてくれやぁ。 俺んちの田んぼに、クマだと思うんだけれど、足跡があるんだぁー オレじゃあ、確認できないから、とにかく確かめてくれやぁー 』 田植えの準備で水を張り、踏ませの済んだ泥土に、足跡は確かにあった。 まちがいなく、ツキノワグマのものだった。 だが、あまりにも小さい子熊の足跡だった、のである。 田んぼはタダさぁの自宅前。 こんなところに、子熊といえどもツキノワグマがやってきていたのだった。 ここで、ふと思ったのは、一昨年(2006年)の秋のこと。 この近所で2頭の子熊を連れた母熊が、殺されている。 母子3頭一緒に、イノシシの檻に入ったそうだ。 それなのに、2頭の子熊は30分ほどのあいだに9cmメッシュの檻から、逃げ出していた。 結局、母熊だけが殺され、子熊の消息は不明になっていた。 その子熊たちが、どうやら生き延びて春を迎えたらしい。 2頭のどちらかは分からないが、母親に連れられて歩き回った場所を、こうして歩いていたのだった。 逃げ出した当初の子熊を目撃した人の話では、それはそれは小さな熊だったという。 体重も、5kgほどしかなかったのではないか。 そんな子熊が母親を亡くして冬を生き延びれるとは、誰もが思わなかった。 だが、2頭生き延びたのか、1頭だけだったのか、とにかくこうして母親と行動を共にした場所をめぐり歩いている、のである。 2007年の5月は、このような子熊の目撃例が相次いだ。 ボクの知る限りでは、中央アルプス山麓7,5kmの直線上で5頭の子熊が目撃された。 それぞれに場所も違い、同一地域で複数回目撃もされていることから、これらは明らかに別々の個体といってよかった。 ボク自身もこのうちの3頭を実際に目撃しているが、子熊たちには一様に落ち着きがなくオドオドとしているという共通した挙動があった。 これは、明らかに母親がいないがために、独りで必死に生きていることを物語っていた。 それも、昼間にかなり目撃されながらも、夜間にもちゃんと行動していたのだから、このことから推しても、母親が各所で殺され子熊だけが逃げていたと思われる。 そして、どこかで震えながら冬を乗り切り、春になって再び母を求め、かつて一緒に歩いた記憶を頼りに、母の思い出さがしをしていたのだろう。 これらの子熊がその後どうなったのか、まったくつかめていない。 夏までに、再びイノシシ檻などにかかり、人間の手に落ちた可能性は十分にある。 また、雄の子熊は、成長した雄グマに殺され「共食い」をされるリスクも大きいから、5頭の子熊たちが何頭生き延びたかはまったく不明である。 2008年の春も、そんな子熊がいないかと注意しているが、今年は巨グマばかりが目立つ年でもある。 写真上:迷いながら歩く子熊の足跡が、田んぼにくっきり残されていた。農家の主人にいわせれば、ときどき母親を捜す子熊の「コッ… コッ… コッ… 」という声が近所から聞こえてくる、という。 写真下:この子熊には、近いところでは10mの距離で会っているが、その目はかなりいじけていて子熊特有の可愛らしさがなかった。性格がねじれたまま大熊にならなければよいが…と、ボクは念じる毎日でもあった。
ツキノワグマの学習放獣を考えるD 捕獲履歴を消されるクマたち
? 錯誤捕獲のツキノワグマが、内密に現場でどんどん殺されている。 『「耳タグ」をつけているクマは、里に出てきていちど捕まり、学習放獣されて奥山に返されたはず。 それが、里で再び捕獲されれば「殺してもいい」と法律が変わった。』 このような意見がまことしやかに流れているところをみると、「学習放獣」への疑問がたしかに一般市民にまで広がっているのだろう。 このような自己判断は法解釈の誤りであって、もちろん違法である。 しかし、「耳タグ」をつけていれば明らかに捕獲されたことのあるツキノワグマであって、それを再度「捕獲」してしまった関係者が再び放すことにはきわめて消極的でもある。 そのことを学習放獣している関係者もわかりはじめてきており、捕獲しても「耳タグ」をわざと付けずに放獣もしている、らしい。 こうなってくると、人間にいちど捕まったことのあるクマなのか、そうでないクマなのか、区別がまったくつかなくなってしまう。 そして、こうしたツキノワグマがもし人間を襲ったときの責任はどうするのだろうか? 理由はともあれ、これはいちど捕獲したツキノワグマには必ず目印となる「耳タグ」をつけるべきである。 そうでもしないと、農業関係者や一般市民との信頼関係がどんどん崩れていき、ツキノワグマのためにも社会のためにも、よくないことだと思う。 ボクは無人ロボットカメラを十数台運用しているだけだが、かなりの数のツキノワグマが撮影されている。そして、ボク自身も、ツキノワグマが相当数生息している事実を確実なものとして認識もしている。 こうした認識を無人ロボットカメラはボクに持たせてくれるのだが、カメラの台数より、圧倒的に多いのがサルやイノシシなどの「捕獲檻」である。これらの檻は、もちろん法律を守りながら運用されることを前提にして設置されているのだが、現場では何が行われているのかは誰にもわからない。 その檻に、ツキノワグマも多数が捕獲されていることも確かな事実である。 こうしてみると、檻の数だけ無人ロボットカメラがあれば、ツキノワグマの個体密度だって相当に密度濃く把握できていくことだろう。 それができないまま、ツキノワグマが出現すればドラム缶檻を仕掛けて捕獲しては放獣といったワンパターンの関係が、相変わらず続いている。 何はともあれ、ツキノワグマはいったいどれだけの数が生息しているのか? それを知ることはとても大切なことである。 それができていれば、学習放獣の頻度や錯誤捕獲されたツキノワグマへの対応の目安もでてくるというものだ。 とにかく、全体数に近いツキノワグマの把握。 そして、どこまで減少すれば、絶滅するのか? どこまで数の把握ができれば、どれだけ間引いてもいいのか? そんな答えを出したくてボクは無人ロボットカメラの開発をして、中央アルプスや南アルプスへ設置しながら、少しでもツキノワグマの生息数の探求を試みているのである。 一眼レフデジタルカメラの中古品をコツコツと買い求め、整備して、「無人ロボットカメラ」に仕上げたのが、やっと13台になった。 まだ、13台である。 捕獲檻の数量には、圧倒的に負けているのである。 写真:2008年4月6日 夜9時29分。耳タグと発信器の首輪をつけたツキノワグマが無人ロボットカメラに写された。 こうした目印は、無いよりあったほうがロボットカメラを設置していても意味深くて楽しいものがある。 ?
学習放獣を考える C 放置されたドラムカン檻
ドラムカンを2つ繋ぎ合わせた檻が、ツキノワグマを無傷で捕獲するにはいちばん適しているといわれている。 このため、学習放獣には、このドラムカン檻がよく使われている。 しかし、ある山中にこのドラムカン檻が1年半も、放置されたままとなっている。 この間に、まったく稼動した気配がない、のである。 いや、もう、このドラムカン檻を使うつもりがないことを物語ってもいるようなのだ。 ? この檻が一年半前から放置されるきっかけは、近所にツキノワグマの出現があり、急ぎ仕掛けられたときからだった。 だが、3ヶ月を要しても檻にはツキノワグマが入らず、そのまま放置状態が続いたのである。 そして、この檻は700mほど離れたところで一年後に再びツキノワグマの目撃情報があって、はじめの現場から移動されて「蜂蜜」を餌に仕掛けられたのだった。 しかし、ここでもツキノワグマは入らず、そのまま現在まで野ざらし状態になっているのである。 このドラムカン檻の周辺では、この間にボクが知る範囲でも3頭のツキノワグマが捕獲されている。 どれもが、鉄格子の檻で捕獲されている、のだ。 そして、殺されている、のである。 このことから考えても、ドラムカン檻の使用が意識的に避けられている可能性もある。 まあ、どのような檻にツキノワグマが入ろうとも、捕獲されれば再び山野に放たれることはない、のが現実だ。 有害駆除という名目で、現場で殺されるからである。 こうして、殺すことを前提にして檻を設置する場合は、「吹き矢」対応となっているドラムカン檻では銃器が使えないから、設置する側にとっては非常に扱いにくい「檻」ということになる。 鉄格子の檻なら、いかなる対応もできるので、積極的に鉄格子檻が利用されていくのである。 こうした理由もあって、ドラムカン檻は現在も放置状態にある、といっていい。 早い話、ドラムカン檻を使っての「学習放獣」に効果のみられないことを悟った関係者が使用を諦めたからである。それは、裏を返せば、放獣に非協力的となったといっていい。 学習放獣を提唱する専門家は、ツキノワグマだけに目を向け、地域住民をまったく無視し、研究材料として自らの手柄と考えている人が多い。そこに地域住民も気づき、ツキノワグマの「保護」には非協力という意思表明をしたからである。 ? ツキノワグマを通して「保護」と「捕殺」の両方にいる人間を見ていると、やはりここは中立を保ちながら距離を置いて静観することに限るとボクは思っている。 その間にもフィールドには新らしいツキノワグマがどんどん出現してきているのだから、ここは人間模様に翻弄されることなくツキノワグマのことを確実にもっとよく知らなければならないと思ってしまうからだ。そのことにボク自身の視線を全力で注ぎながら早急に現実を調べることのほうが先、だからである。 ときには、ボク自身もハンターからは「保護派」とみられて、冷たい射るような視線を浴びせられて現場で無視されることもある。 また、「愛護派」からも、冷たい視線と罵声が届き、同じく無視もされる。 しかし、こうした両者の視線よりも、すべてのツキノワグマが蜂蜜に狂ってしまうと思われているのに、蜂蜜に狂う熊は全体の1割強しかいないという事実も知っていれば、ボクにはまだまだ余裕でツキノワグマと付き合っていける自信へとつながる。 そのくらい、わかってないことだらけなのがツキノワグマなのであって、この動物が「家畜」に利用されることなく太古の昔から独自の生きざまを見せてきたその生態に最大の興味があるからである。 写真上:放獣されたクマなのだろうか、欠けた歯で形相もすざまじく、カメラに向かって吠えた。 写真中:雪に埋もれたまま、このドラムカン檻は1年半も山野に置き去られ出番がなくなっている。 写真下:この檻も、すでに9ヶ月間放置状態だがスタンバイ中である。しかし、設置後の見回りを今現在してないのでツキノワグマが入れば、確実に「餓死」するだろう。
ツキノワグマの学習放獣を考える B 密殺されるツキノワグマ
? 中央アルプス山麓の人家に近い林のなかに、サル捕獲用の檻がある。 檻の大きさは、高さ2m、幅2m、奥行き3mほど。 もう、かれこれ10年くらい前から、この檻は稼動中である。 そして、ここにはとにかく、いろんな動物が掛かるのである。 ハクビシン、タヌキ、サル、イノシシ、クマ… 設置者の名前も住所も檻に明記されているので、誰が管理をしているのかはわかる。 しかし、管理者とは面識もないし、話す必要もないので、ボクはこの檻をときどき訪ねては何が入っているのか、また最近何があったのかを確認している。 だから、もちろん檻の設置者にはボクが何をしているのかまでは、気づかれてない、と思う。 2007年8月某日の昼ころ。 ボクはこの檻を見回って異変のあったことに気づいた。 檻の奥には血痕がべっとりと沈み、入り口の鉄骨にはツキノワグマを引きずったときについた体毛が数十本付着していたからだ。 その日は暑く気温も高かったから、血痕の鮮度から推しても6時間以内の出来事だったにちがいない。 この檻にまちがいなく昨夜ツキノワグマが入り、朝には殺されたのである。 これまでのウワサなどを総合してみても、2005、2006年も、かなりの数のツキノワグマがこの檻には入っていた。 なので、こうしてボクは異変を探るために定期的にこの檻を見回っているのだが、サルの捕獲檻にツキノワグマが入ったのだからこれは「錯誤捕獲」である。 しかし、有無をいわさずに、このクマは「殺され」ている。 野生動物の有害駆除としての許可は、長野県では市町村長の判断で下りる。 しかし、ツキノワグマだけは、特別に緊急を要するようなことでないかぎり、市町村長サイドでの許可は下りないことになっている。 だが、こうして、サル捕獲用の檻にツキノワグマがまちがって入ってしまっても、現場ではあっさりと殺されているのだから、厳密にいえばこれは「密猟」であろう。 まあ、これ以上はボクも難しいことは言えないが、地域住民には、ツキノワグマは数の少ない動物ではなくてかなりたくさん生息していることが理解されつつある。 このため、「学習放獣」として耳タグをつけて放たれても、それが各地の檻に再び入ることも、檻設置者たちには承知済みのことなのである。 だから、耳タグを2つも付けていれば、それは現場判断で「葬られる」可能性を否定できない。もはや、そのことは地域行政の職員たちも知っていることであり、住民側に立てば黙認せざるをえない事情もあるのかもしれない。 ? これを、良いとも悪いとも、ボクには言えない。 言えることは、ボクの自動撮影カメラの数よりも、イノシシなどの捕獲檻のほうが圧倒的に多いことであろう。ボクのカメラが1だとすれば、捕獲檻は20倍以上の数であるからだ。 そのすべてにツキノワグマが錯誤捕獲されることはないとしても、一つの檻に繰り返し何頭もが立て続けに入ることだってある。 これは裏を返せば、相当数のツキノワグマが周辺に生息していなければこのような事態にはならない、ということである。そのことをすでに地域住民が知っているということは、ツキノワグマの実際の個体数把握が研究者サイドではかなり後手にまわっているといってもいい、からだ。 ここで一番大切なことは、密猟云々よりも、まずはツキノワグマが何頭いて、何頭まで減れば絶滅への道を歩むのか、何頭以上なら余剰捕獲をしていいものなのかを早く出すことである。 それができないまま「保護」だけを唱えることは、地域住民の気持ちを逆なですることでもあり、ツキノワグマにとっても不幸なことだからである。 誤解をされても困るが、ボクは密猟を支持しているのではない。 全国でツキノワグマに関心を示している方がいるとすれば、一人でも多くの人がもっと詳しく独自調査をしてほしいと思っているからだ。 そのためにもボクは、一台でも多くの無人カメラを設置して、物言わぬツキノワグマの密かな動きを独自に探っている、だけなのである。 写真1:サル用の捕獲檻。 写真2:リンゴにべっとりと鮮血があったので、異変に気づいた。 写真3:土に深く溜まった鮮血はまだ乾いてはいなかった。 写真4:重いクマを引きずったときに付いた体毛を発見して、何が行われたかがすぐに分かった。
ツキノワグマの学習放獣を考える A 標識をつけた熊たち
右耳に赤い丸タグ、左耳には黄色の長タグをつけたこの雌グマは、2シーズンにわたって追跡することができた。 2006年の夏に、このクマは設置してある自動撮影カメラにはじめて写された。 その後も冬までに何回か記録されつづけた。母グマのおおよその体重は、70−90kg。 当初から、子グマを1頭連れていた。 この母子には、自動撮影カメラ以外でも、近くの道路付近で何回か目視することもできた。 両耳にタグをつけているということは、少なくも2度は捕獲された経験があるのだろう。そんなツキノワグマだったが、夜間の道路付近で出会っても、すっとんで逃げるようなことはしなかった。 15mほどの距離でボクと出会っても、車の中からサーチライトで照らすのだが、その場にまずは立ち止まってしばらくうろたえるような動作をする。そのあと、子グマが暗がりにゆっくりゆっくり進むと、それを確認するかのようにしてから、母グマも闇に消えていくのだった。その動きは、じつに落ち着き払った態度である。 これが、人間に捕まり学習放獣をされているツキノワグマなのだろうかと不思議に思うくらい、堂々としていた。いや、虚勢を張っているようにも見えたから、夜間でもあることだし、どんな行動に出るかもわからないのでボクは車の中からの観察だけにとどめていた。 2007年にも、この母子には出会った。 新たに300mほど離れた別の場所に設置したカメラにも、ひんぱんに記録されていった。 こうした記録から、このツキノワグマ母子は、ボクの設置してあるカメラ周辺地域に定住していることがはっきりした。 しかし、この母子は、2007年の7月31日を最後に記録がぱったりと途絶えてしまったのである。 恐らく、どこかのイノシシ檻に入って捕殺されたのであろう。 それは、2シーズンにわたって追ってきたクマであり、母子の態度や習性からみても、捕獲経験が何回かあろうとも「懲りてはいない」から、次の檻にも平気で入ってしまうだろうと予測できていたからだ。そのくら大胆で、人を見ても逃げないクマだったから、車の通る道路や人家付近に出現することもいとわない。これでは一緒に歩き回る子グマの将来のためにもよくないことだと、ボクは思っていた。 だから、忽然と消えたことで、ある意味ではボクも安堵しているのであるが、若干の寂しさも禁じえない。 写真上:人の散策する遊歩道にも、この母子は頻繁に出現してきていた。 写真下:この日を最後に、フィールドから消息が途絶えてしまった。
森のライブカメラ で、ムササビの赤ちゃんが誕生しました。(3/23日)むささび荘にしかけた巣箱の中で、ムササビ母さんが出産したようです。これからが楽しみですね。
森のライブカメラザ・ベストも更新されています。
森のライブカメラ から作成した動画をYoutubeにて公開中です!コメントもお待ちしてます。
スズメバチがムササビの巣箱に僅か一日で巣を作ってしまうことが、記録されています。この画像は、静止画としてキャッチされたものをつないで、動画にしたものです。(作成/ILLOMENさん)
>>ライブカメラベスト集 2007年8-9月 むささびホテル : ムササビ赤ん坊 蜂の巣事件 はこちらです
森のライブカメラ
写真集が発刊されました!!「洗剤キャップの棲み心地は?」 ―かわりゆく環境・日本生き物レポート―写真・文/宮崎 学 理論社 ![]() 私たちのまわりで、動物たちはどうやって生活しているのか? 写真&文で伝える自然からのメッセージ。 身の回りの自然に目を向けてみよう。自然環境は、人の営みの影響から、日々変化し続けている。写真家・宮崎学の最前線レポート。>>かわりゆく環境・日本生き物レポート ここから購入できます |
森の仲間コミュニティー
五感で知る WEB自然図鑑
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掲載記事紹介
▼FUJIFILM フォトグラファー紹介【9/20更新】
▼環境goo「この人に会いたい」インタビュー記事
▼信毎ホームページ大賞2004 エプソン賞を受賞しました。投票ありがとうございました
▼ニコン webギャラリー 宮崎学紹介ページ
▼デジタルカメラマガジンの 月刊フォトコンテスト一般投票部門 で、宮崎学が審査した結果が載っています。講評などの詳細は掲載誌をお求めください。
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